高校中退・仕事したくない・虐待育児・毎日つまらない…魅力覚醒講座に入ったら、ありのままの自分を好きになって自分の思い通りの人生になった話

はじめまして♡専業主婦のルービー🍺です。
12歳、10歳、7歳の3人のママですが、子ども中心ではなく自分中心に、
やりたくない家事はやらずにノンストレス。
自由にやりたいことを楽しむ毎日を送っています♪


結婚・出産を機に「ちゃんとした妻」、「きちんとしたお母さん」になろうと頑張っているのに
虐待育児で常にイライラ、旦那とは不仲、お金を稼げない劣等感、平凡でつまらない日々を生きる苦痛。
なにもかもうまくいかない毎日でした。

しかし、「わたしの人生こんなもんじゃない」と小田桐あさぎさんの魅力覚醒講座に入ったことがきっかけで
今は自分の思った通りの楽しい人生を生きれるようになりました



この記事では、

3人の子どもへ常にイライラ、ガミガミ怒ってばかりの虐待育児。
毎日の家事と育児はワンオペで不満と疲ればかり溜め、
何もしてくれない旦那へ恨み大爆発!結婚13年目で不仲、離婚を決意。
学歴や職歴に劣等感をかかえお金も稼げない。やりたいこともない。
ただ同じことが繰り返し続いていくだけのつまらない毎日。

そんなわたしが魅力覚醒講座に入ってから、
イライラが減り子どもと笑い合えるように✨✨
自分のことが大好きになっただけでなく✨✨
毎日大好きなビールを飲み✨✨自分一人の自由な時間を快適に過ごし✨✨
自分の知らない世界を見聞きして刺激を得て✨✨
好きな漫画やアニメ、読書し放題✨✨
毎週友人と美味しいお料理とお酒を堪能しにお出かけランチ✨✨
家事代行を取り入れ、やりたくない家事をせずにストレスなし生活✨✨
大好きな一人時間も自由にのんびり✨✨自分のやりたいことができるようになった✨✨

ということをお話しします。


目次

今の状況はこんな感じです。


・子どもを叩く虐待育児
   → イライラが減少し、叩くことなく落ち着いて話ができるようになった

・親の言うことを聞かせようと躍起になる
   →子どもをコントロールしなくなり、押しつけの育児をしなくなった

・習い事を毎日詰め込み、送迎と勉強を監視する日々
   → 子どもの“やりたい”を尊重できるようになり、なんでも話をしてくれる関係になった

・家族のことを一番にやりすぎて不平不満
   → 毎日夕方から大好きなビールを飲んでのんびり時間を楽しめるようになった

・ワンオペでパート勤務。疲労を溜めパート代はすべて外食で消える
   → パートを辞め、やりたいことでお金を稼げるようになった(オリジナルビールグラス制作販売)

・物に当たりながらやりたくない家事をやる
   → 家事代行を取り入れ、ストレスなく自分のやりたい家事だけやるようになった

・旦那の愚痴大会や毎回同じ話でつまらないママ友との交流
   → 多彩な価値観をもった友達と毎週ランチへ行くようになった

・旦那への不満爆発!離婚したい!
   → “夫婦の時間”として毎週末2人の時間をとり、思いや考え方を共有できるようになった

・劣等感、短所ばかりのダメな自分が嫌い!素敵な人に変わりたい!
   → 今のわたしがもう既に最高な人間だと心の底から気づけた

・毎日が同じことの繰り返しで刺激のないつまらない日々
   → 行ってみたい!やってみたい!自分の欲を叶えられるようになった


一年前の自分とは別人のような楽しい毎日を今はおくっています。



ただ、これまでも決して不幸だったわけではありません。

わたしは『幸せなほう』の人間だと自分では思っていました。

病気になるほどの辛い体験や、生死を彷徨う大事件があったわけでもなく
毎日ご飯は食べられ、住んでるマンションもあります。
3人の子どもにも恵まれ、義理実家とも仲良く、毎週一緒にお出かけ。
ママ友も多く、子連れ旅行やママだけで飲みに行ったりとほぼ毎日遊び。
そんなわたしに対して旦那は、文句も言わず、仕事の愚痴すら言わず働いてくれていました。

わたしはたぶん『幸せなほう』なのです。


なのに、わたしは不満だらけ。

両手ですくっただけの少ない幸せの水を噛み締めるだけの毎日。
わたしの人生こんなもんか。
まぁ、幸せなほうだから感謝しよう。



ただ、なにか物足りず、とにかくイライラする毎日でした。
どうしてわたしはこんなにイライラするのか、不満ばかりなのか。


それが、魅力覚醒講座に入って
イライラの原因と解決、自分の魅力、家族が仲良し
生きてることが楽しく明るくなったのです\(^^)/



子どもの頃のわたしは、
自由奔放で、好奇心旺盛、直感に従って、やりたいことしかしない、人と同じは嫌、自分の思いに正直に。
楽しそうなことに敏感で、たくさんの人に可愛がってもらっていました。

それがいつからか
“一般常識的に”、“誰かに迷惑がかかる”など
自分ではない誰か別の人のために生きて、自分の人生を生きなくなりました。


本来の自分を知るために、長いですがこれまでの人生を振り返ってみたいと思います。



幼少期〜小学生


公務員の父親と、小学校教諭の母親のもと、
2つ上のお兄ちゃん、4つ下の妹がいる真ん中長女のわたし。

両親が共働きなため0歳の時から保育園生活。
朝7時から夜7時まで、誰よりも1番に登園し、誰よりも最後まで園にいました。
小学校入学まで4つの園に行きましたが、誰とでもすぐ馴染んで遊べる子だったようです。

1歳にはオムツは外れ、しっかり者、おしゃべり。
年長時には何日もかけてカルタ作りに励み、一人で読み札と取り札100枚を完成させたそうです。
やりたいことへの集中力に周りの大人から驚かれていました。


我が家は躾やルールが厳しく「テレビは1日30分だけ」、「ゲームは禁止」でしたが、
本は何冊でも無限に買ってもらえたので、好きな同じシリーズの本ばかり読んでいました。
リビングには大きな本棚が3つ並んでいて、ギッシリ本が詰まっていました。
(((火事になったらうちが一番に燃えちゃうなぁ〜)))と子どもの頃感じていました。

お母さんは家に帰ってからもテストの丸つけや手書きの学級だよりを作成するため
(((お母さんの邪魔をしてはいけない)))と子どもながらに思っていたのを覚えています。

なのでお母さんはずっとわたしのことを
「手のかからない子」、「どこに出しても恥ずかしくない子」、「自慢の娘」と言ってくれていました。


自分のことは自分ででき、学校でも学級委員、クラスでも目立つ存在。
勉強もできましたし、ノートの板書や新聞制作、物語から人物の心情を読み取ることが得意だったので
わたしのノートを模範作品としてコピーしてクラスのみんなに配布されたことも多々ありました。
スポーツも万能で、毎年リレーの選手は当たり前。

誰か特定の同じ子とずっと仲良くいるよりも、クラス全員と仲良くしたい欲があったので
一人でポツンといる子がいれば声をかけては仲良くなり、
他の子を引き合わせてみんなで仲良くしようと画策していました。

なので、いざ二人組になる時にわたしが一人ぼっちになったりもしましたが
みんなが一人にならなくてよかった、と思うお節介焼きな子でした。


児童会の役員も立候補し、バトンダンスクラブの部長なども兼任。
6年生では入学式のピアノ伴奏もしましたし、
何人かの保護者からも「あなたがあの有名な子ね」と言われるほど
全校の中でわたしのことを知らない人はいなかったと思います。

先生がやってほしいことを察するのに長け、
議事録や集計、話し合いのテーマなども先を見越して一人でやっていました。

5年生の後期、児童会の仕事を抱え込み過ぎて帯状疱疹になったことから、
医者から「11歳とは思えないほどの重労働、何をさせているのか」と言われたほど。
体には負担があったようですが、まったく苦ではない楽しい仕事でした。
企画進行して全校児童を動かす楽しさ、やりたいことが叶う喜び、
集計や次の集会で何をやろうかと練ること、一人で黙々と作業することが楽しかったです。

小学校が一番わたしらしく楽しく生きていたのではないかと思います。
全部が思い通りでした。


中学生〜高校生活

2つの小学校が合わさった中学校で新しい友達がたくさんできました。


小学校ではミニバスケットボールをやっていたのですが中学校でバレーボールを選択。
運動神経の良さを発揮し、入部してすぐに中2の先輩のチームのレギュラーになります。
先輩の足を引っ張らないように練習は休まず出席し、
帰宅してからも自己練習を毎日家の前でやりました。
朝練も一番に来て誰よりも努力をしました。

勝負は必ず勝ちたいですし、
勝つため、うまくなるための研究や練習も人一倍しました。

しかし、中3になって自分の代のチームになってからは
チームメイトの気持ちを考えずに指示や発言、自分のやりたいを強く主張するワンマンな態度から
わたし一人 対 チームメイトという亀裂が広がり、夏の総体も初戦で破れる結果となりました。

どうしても自分の思う通りにしたかったのです。
やりたいことが叶わないもどかしさがありましたが、友達を傷つけ、嫌われてしまった事実が悲しく
もうチームプレイはしたくない、と心に誓いました。


勉強面では、勉強はしなくてもテストは平均点。
先生からよく目をかけてもらい、学級委員を先生から推薦されましたし
担任からクラスの不登校の子のことについて相談を受けることもありました。


初めての彼氏は1つ上の先輩。わたしが中2の時でした。
仲のいい先輩から紹介され、断れず付き合うことに。
当時わたしは部活に熱が入ったいたため、彼氏に自分の時間を割かれることが嫌でした。

家に電話してくるとか苦痛でした。
家族にバレたくない。
学校の帰り一緒にのんびり歩くのも面倒でした。

その彼氏には「一緒にいてもつまらないから別れよう」と言われ歓喜!ww
待ち伏せのように玄関で待たれて一緒に帰ることも
休みの日に遊びに行ったり、時間がもったいない!!もうマジで彼氏なんていらない!と感じました。


ですが、けっこうモテてました。
先輩、同級生、年下、10人ほどから告白されますが、本当に煩わしかったです。
わたしは悪いことしてないのに、なんで断った後、普段通りに接してくれないのか、
断って気まづい空気が本当に嫌でした。
わたしを好きになるな!好意を寄せてくるな!仲良く友達でいたい!と本気で思っていました。


女の先輩からの呼び出しも2回ありました。
「うちの彼氏に色目つかうな」
「気に入らないからわたしに挨拶してこないで」など。

なんでぇぇえええええええ〜〜〜〜〜〜!!!!wwwww

男女関係は心底面倒臭い!!!




中3の夏、一気にいろいろ気持ちが崩れていきました。
バレーボールを引退してから、やりたいことがなかったからだと思います。

行動範囲が広がり、他校の友達とも遊ぶように。
渋谷や新宿でショッピングも行きましたし、
テレクラに電話しておじさんにご飯をご馳走になったり
車で遊びに連れてってもらったり
その場のノリでどんどん楽しいことが広がっていきました。

髪を染め、タバコも覚えます。
学校へも行かなくなり、ゲーセンや万引きをしました。
原付バイクを盗み3ケツでパトカーから逃げるスリルと楽しさ!

中3の1学期の成績を評価され、地元の私立高校への推薦入学しますが、
3ヶ月で中退。

「なんで高校へ行かないといけないんだろ」
「なんのための勉強なのか」
「みんな行くからってそれが全てではない」そんな思いだったのです。



高校を辞めてからは
鉄筋工や鳶の日雇いバイトに応募するも門前払いされ
仕方なくキャバクラやパブでたまに働いてていました。

初出勤したのは15歳の時、コスプレをするキャバクラでした。
客同士の喧嘩で店内が急遽ボクシングのリング化し、乱闘騒ぎへ。
警察を呼ばれますが、従業員のほとんどが15〜17歳。
警察に見つからないように更衣室の奥のシェルターのような小部屋で
女の子達でギューギューになりながら息を潜め、警察が帰るのを待ちました。
散々な目にあいましたが、たしか3000円くらいもらえたので、とても嬉しかったです。
これで十分生き存えることができる!



この頃は家出をしていたので彼氏や友達の家を転々としていました。

この時のわたしに欠かせないのがセブンスターとリプトンのミルクティー!
「女は黙ってセブンスター」とカッコつけていたのを覚えていますwww
これがわたしのエネルギー源で、これさえあれば何日も生きていけました!!

また、たまにお金があるとコンビニでじゃがりこを買って、そこにお湯を入れ、
グチュグチュ潰してスプーンですくって食べる!
これが最高に絶品でした!!!
一番好きなのはサラダ味!
チーズ味は喉が乾きすぎて水分を欲してしまうのでオススメしません。

服装はジャージ上下にキティーちゃんサンダル。
寒い時はコンビニのトイレットペーパーを足にぐるぐるに巻いて暖をとっていました。
つま先、足首、首の3箇所を重点的に巻けば体感5度は上がったと思います。暖かかったです!!


地元の暴走族の先輩仲間と遊んだり、
裏社会の人たちともよく遊んでもらいまいしたし、
ほぼ一緒にいた2つ上の女の先輩は本当によくしてくれました。

すべてが刺激的で、毎日が違った景色でした。

予定も計画もありません。
起きたい時に起きたらその時にやりたいことをやる。
夕方家を出て寝ずに遊び通し、翌日の夕方帰宅することもありました。
一日が36時間とか40時間過ごしてるんじゃないかと思うほど活動的で
何ものにも邪魔されずに、自由にやりたいことをやって生きる最高の毎日でした。

「たこ焼き食べたい!」って思いだけで大阪にいったことも良い思い出です。





18歳には家出を辞め、自宅に戻ってきました。


人と同じことをするのが好きじゃない。
同じではカッコ悪いと思っていたので、自由にやりたいことをやる。
これがわたしの生き方だ!とも思っていたのですが

「あんなに良い子だったのにどうしてグレてしまったの?」
「今までのはあなたらしくない!」

親や近所のおばちゃん、先生達に言われ、気持ちが揺れました。

(((わたしは反抗して親に心配してほしかっただけ?!)))
(((これがわたしじゃなかったら、じゃーわたしは一体何?!)))


そんな気持ちの揺れを、本が助けれくれました。


この頃は、本ばかり読み漁っていました。
親に禁止されていた漫画も自分で買い込んで、毎日毎日夢中になって読みました。

推理小説やミステリー、日本・世界文学、
哲学書や偉人の格言集などのジャンルを読むようになったのもこの頃です。

読むだけで知らない世界が広がっていきました。

(((わたしとは何だ。。)))
(((わたしの生きる意味は?使命はなんだ?)))

そんな自分というものを真剣に考える材料にもなり、
自分の深層と向き合う心地よさを体感していました。



定時制高校・短大・大学

【定時制高校】
私立高校を辞めた翌年、定時制高校へ入学します。

親が喜ぶかな、とも思ったのが最初です。


この頃、パブのお店のNo.1のおばちゃんと喧嘩になったことがあります。
喧嘩と言っても、髪を掴まれ道路に投げられ一方的に罵声を浴びせられたのです。
「お前がNo.1になりたいなんて生意気すぎる!こっちは命かけてやってんだ」と。

そんなマジにこのお店でNo.1になりたいとは思っていません。
「わたしもNo.1になってみたいな」とのわたしの発言が逆鱗に触れたのです。

そこから
「わたしにとってNo.1はなんだどう。生きる意味はなんだろう。」
「わたしはまだまだ知らないことだらけ!世の中を知るために学校へ行こう!学ぼう!知ろう!」
学業に対するそんな思いを奮い立たせることになりました。

(一番は、あんな低レベルなババァより賢くなってやる!が強かったのですがw)



定時制高校は夕方から授業があり、給食もあるのです。
毎日違うメニュー、手作りで温かい美味しい給食でした。
いろいろな年齢・事情を抱えた同級生と話す時間も、夜のグランドでサッカー部の練習も楽しかったです。


定時制高校にはおもしろいシステムがあり
民間の資格を取ると、それも単位としてみなしてくれたのです。
出席日数がたりない教科もそれで補えたので
大検で数Ⅰ・Ⅱ、生物、家庭科などの単位を、
秘書検定や情報処理検定、ワープロ検定などの資格勉強もしました。

学校へ行くのは起きてからの気分次第でOK。
遅刻・欠席して単位がなくなっても資格取得でカバーできる。
自分のペースで勉強でき、一人集中して勉強して取得した分単位になる。
美味しい給食と面白い友達がいる定時制高校時代は
自由!楽しい!美味しい!この3つが揃っていたことはわたしにピッタリでした。


高校4年になると担任から大学に行くことを勧められます。

「落ちぶれて自分勝手に生きてきたわたしでも一般的人と同じような土俵へ行けるのか?」
親に迷惑をかけたことが罪悪感となってたのです。


その時、美術を学んでみたいと思っていました。
一人で没頭でき、自分を表現したい気持ちがあったから。

しかし、幼い頃からの夢でしたし、お母さんが喜んでくれるかなと思い
小学校教諭免許が取れる短大へ進学することにしました。




【短大】
短大では2年間で免許や実習をこなさなくてはいけず
かなりハードな毎日で苦労しましたが、
朝はしっかり早く起きて規則正しい生活になることができました。

小学校教諭になるべく一般教養や教育学、幼児保育もギュッと学んだことで
「あーー!わたしは無理だなーー!!」と入学してすぐに諦めを感じます。

学べば学ぶほど、わたしには向いてないのです。

実習期間中も居眠りして先生に怒られ、教員資質の評価は低すぎましたし、
介護実習の際には、施設長さんに「タバコ臭い」と注意されました。

何か型にハマらなくてはいけない窮屈さを感じたのす。
わたしには無理だと悟りました。
こうなると、もうやる気は起きません。
↑けど辞めませんでした。
授業を受けて話を聞くことは楽しかったのです。


卒業時には9割が教育関係の就職に就きますが、わたしは大学の教育学部へ編入する選択をしました。
教育学を学びたいのではなく、仕事に就きたくなかったのが大きいです。





【大学】
四年生大学の3年生に編入しましたが、この学校はとにかくレポート!
毎週、鬼のような量のレポート提出が必須でしたが
一人で黙々とレポートをまとめる作業は楽しかったので、むしろ楽しかったです。

相変わらず遊び回っていましたが、
この時の出会いから違った世界を知りました。

そのきっかけとなったのは、
16歳の時にヒッチハイクしたおじさん(通称:宮前の親父)の
友達の加藤さん(裏の人)の
内縁の妻のお姉さん(ゆきさん)の
チャット仲間の(ニキビお兄さん)の
テニス仲間(少しぽっちゃりのお兄さん)の
紹介で出会ったのがうずまきという人物。

このうずまきとは、富士の樹海へドライブ行ったり、海や都内遊びなど遊んでいた友達です。

うずまきが紹介してくれてmixiで繋がっていったこのコミュニティは、
社会人のサラリーマンやOLさんが大半で、大企業や有名会社に勤めてる人が多かったです。

「大人になってからも本気で遊ぼう!」という、いろいろな企画運営をしていました。


わたしが最初に参加したのは運動会。
200人くらいの大人が集まってリバーサイドスポーツセンターを貸し切ってリレーや棒運びなどをしました。

飲み会も楽しくて50人以上わんさか盛り上がり
いろいろな職業の人がいて、いろいろな仕事をして、たくさんの人生を聞くのが楽しかったです。


また「大人のライブをしよう!」の時は
わたしも出演者として誘ってもらい、アイドルグループとして歌とダンスをしました。
2007年のことです。
今はもう閉店してしまった渋谷のmorph-tokyo。

『恋愛レボリューション21』と『アゲアゲEVERY騎士』を5人で歌って踊りました。


出演するアーティストの演奏やパフォーマンスも凄過ぎでしたが、
企画、映像撮影編集、web制作、パンフレット作成、会場設備など
運営どれもプロのような、本物のライブを成功させることができるんだーーと感動。


初めてのステージでダンスや歌も苦手ですがチャレンジしたこと、
ステージに立って音楽やライトを浴びた、初めての体験は心打つものがありました。






結婚・出産

高校生活が長かった分、大学卒業時は24歳。

就職したくないなー。
でも何かしないとなー。


そんな時、小学校教員をしていた母の病気が発覚。
肺がんでした。

それと同時に、中学の同級生の男友達から付き合おうと告白されます。
就職活動がある、お母さんの心配もある、こんなタイミングなのはなんなんだ?!


たくさん悩みますが、告白してきた男の子には
「結婚する気があるなら付き合うよ。大丈夫!絶対に幸せにしてあげるから!」
と告白をOKし、交際スタートと同時に婚約者となりました。

それが今の旦那さんです。
実は、中学3年の時の一瞬だけ付き合っていました。

旦那にとってわたしは初恋の相手であり、
わたしと会った瞬間からわたしと結婚することを感じていたらしいです。

“わたしのことが大好きな彼なら何があっても好きでいてくれるだろう”
そんな打算もありましたし 
お母さんを喜ばせられる。そんなふうに思っていました。


就職は、家から通え、教員免許を生かした仕事(障害児教育センター)に就職します。


しかし、、、就職はわずか3週間もせずに辞めてしまいました。

怒られるのが嫌で、仕事も楽しくないし、覚える気力が湧かず。
どうしても行きたくなくて、電話で「やめる」と伝えました。


もう凹みまくりました。
学生生活が人より多く長いくせに、これっぽちも活かすことができず、泣きまくりました!

わたしは人生の負け犬だ!!!!!!
何もできないクソ野郎だ!!!!!!
なんて恥ずかしい!不甲斐ない!
親にお金や時間、心配、労力とかたくさんかけてこれかよ!!!


親や周りにやってもらった恩を仇で返すわたしは最低でした。
罪悪感と劣等感でヒリヒリでした。



こんな何もできないわたしだけど、でも、
旦那のために良い妻になって家のことを頑張ろう!旦那を幸せにしよう!
そう決意して結婚します。


2010年 結婚
2011年 長男出産
2013年 長女出産
2016年 次女出産






わたしも旦那も3人兄弟なので、
子どもは絶対3人産もうと決めて、願った通りの3人の子どもに恵まれました。

自分の命よりも大切で、本当に可愛くて
ダメダメなわたしを親にしてくれた子どもに涙して感謝した出産。


それなのに、、、、
数年経つと子どもへイライラとガミガミの毎日となりました。


レジに並んでるのにトイレに行きたいと言い出す。
もっと遊びたいと泣き喚いて帰らない。
冬なのに裸足で遊び風邪をひく。
トイレに入っている時にリビングで嘔吐される。
帰宅してお弁当や体操服を片さずに、兄妹でおもちゃの取り合い。
牛乳をぶちまける。
宿題をやらずにゲームに熱中する。
YouTubeを終わりにできないで夜更かし。
ランドセルや脱いだ服を玄関に散乱させる。
風呂上がりの下の子を拭いてる最中に上の子は風呂場で怪我、流血、夜間救急、3針縫う。
ポテチを一人で全部食べご飯を食べない。

ぬおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーー
なんでこんなことするんだぁぁぁーーーーーーー

怒号を浴びせ、無理やり勉強をさせたり、ご飯を立って食べさせたり、何時間も説教したり、
約束を破るならもうゲームをやらせてあげない!と脅迫したり
もうあんたなんか嫌い!と怒りをぶつけたり
常にイライラ、常に怒ってるお母さんでした。



子どもたちは毎日泣いていましたし、いつもわたしの顔色を窺っていました。

わたしが物を取ろうと手を伸ばしただけで子どもたちがビクつくほど。
叩かれる‼︎と防御反応が体に染み付いてるんです。

涙をためて寝てることも多々ありました。



でも、
宿題は絶対やるものだし、
学校へも毎日行くことは当たり前。
忘れ物をしないために前日に準備をしなくては。
早寝早起きは基本的生活習慣の基礎。
ゲームは30分までが適切。
学年 × 10分が小学生の推奨勉強時間だからやらないと。

子どもは未熟だから親がきちんとやらせないといけない!
きちんとやらせないとわたしがダメ親と思われちゃう!!!!!

『子どものため』ではなく『わたしのため』の育児だったのです。

運動会で一人しゃがみ込んで活動放棄してる娘。
先生に迷惑がかかる!活動に参加しなくて恥ずかしい!そんな思いで見ていました。



連絡帳や持ち物はもちろんのこと、毎日の自学学習もチェックしていました。
やったページを丸付けし、確認で再度問題をやらせる。
わかるまでとことん付き合うスタンス。


「漢字はバカでもできる。漢字ができない人間は怠け者だ」
リビングやトイレにぎっしり漢字一覧表を貼りめぐらせる教育ママっぷり。

ゲームやYouTubeの時間も厳しく制限し、
ゲームがやりたければ勉強しろ!
約束を守れないならゲーム捨てる!と脅迫の材料にしていました。



「帰ったら手洗い・うがいしてね」
「宿題やるんだよ」
「タイマーが鳴ったらお風呂に入って」
「お店の中は走らないで」
「車でお菓子を食べないで」
「ご飯の時は背中つけないで座りなさい」
「○○君は意地悪そうだから遊ばないほうがいいよ」

先回りの言葉で子どもを誘導して、
子どものやりたい思いや気持ちを封じ込めて
わたしが一日を無駄な時間なく過ごすために行動させました。
子どもをコントロールしてスムーズに一日を終わることが目的です。


わたしの手を煩わせるなーーー!!!!!!
わたしに迷惑かけるなーーー!!!!!!
わたしの言うことを聞けーーー!!!!!!



もう毎日叫んでいました。
可愛いはずの我が子たちが憎くて顔も見たくない。


子どもなんて大嫌い!!!!

なんで産んでしまったんだ。。。
こんなに辛いなら産まなきゃ良かった。。。
なんで誰もこんなに大変だということを教えてくれなかったんだ。。。






両親は他界し、相談する人もいません。



母が他界したのは2番目の子が生まれて3ヶ月後。

子育てが辛すぎて、母の死を悲しんだり涙することはありませんでした。

イヤイヤ期の長男と、首の座らない長女との3人の毎日を生きるのが精一杯で
母の死を悲しむ余白がなかったのです。


そればかりか、この時期1年の記憶がありません

どう生きていたのか、今でもまったく思い出せないのです。
ただただ、毎日が辛かったという感覚だけ残っています。



苦しい。



もう精神的におかしかったと思いますが、
それでもわたしはなんとか現実を変えようと諦めず模索します。

時間があけば育児書や教育本をたくさん読み、ネットもたくさん検索。


多くの人が育児ノイローゼになったり鬱になったり、子育てに悩んでいました。

みんな悩んでる!
みんな苦しみながら子育てしてるんだ!
だからわたしも弱音吐いてはダメだ!!!


そう自分を鼓舞して頑張り続けます。



上の子が9歳の時、
旦那の転勤に伴い家族で愛知県へ引っ越しをしました。


ガチガチのコントロール育児から心機一転
ママ友も変わり、住んでる地域性も変わり、毎日の生活に少し気持ちに余裕が出てきました。


それでも宿題や勉強、習い事のことは伝えないとやらないので、
口うるさく言うことも、怒りを爆発することも、辞められませんでした。

習い事はスイミング、そろばん、ピアノ、空手、塾、サッカー、ダンス、将棋


“やれば出来る”
“やらないから出来ない”
“一度始めたら最後までやるべき”
その信念のもと、欠席や遅刻をさせずに送迎もしました。

行きたくない、、、休みたい、、、
そんな意見は言語両断!!本人達の意見は聞き入れません!!



そんな時
イライラせずに子育て方法が叶うというInstagramの投稿を見つけ
子育て講座を受講することにします。

上の子が10歳の時でした。



子育て講座はオンラインで行われました。

講義日は必ず出席し、真面目に受講しました。
毎回メモをとり、質問も欠かさずしましたし、課題も必ずやりました。
主宰の方に会いに東京へ行き、直接お話ししたり積極的に関わりました。


素晴らしい母親になれば子どもは自然と勉強するし、習い事も頑張る、学校でも活躍する。
有名大学や私立中学も苦労なく入学できる。

そんなわたしの望む親子像を達成された先輩方が教えるこの子育て講座を習得すれば
わたしも良いお母さんになれる!!!

そう願って半年間がんばってきました。


しかし、理想のお母さんにはなれませんでした。

オンラインの子育て講座は60万弱。
こんな大金を旦那に出してもらったのに変わることができず情けない。



子育てや教育を学んでも解決できないわたしのイライラは
もしや病気なのでは???
と何度も思いました。

しかし、
“怒りをコントロールできないなんて恥ずかしい人間”と思われるのが嫌で
病院へ行くこともせず、誰かに相談することもしませんでした。



子ども達はみんな良い子なんです

うちの子達は本当に優しくて面白くて才能しかない子達なのに、
そんな純粋で真っ直ぐな子どもの思いを受け止められず、子どもに優しくできない。

自分が大嫌い!わたしなんかいなくなれ!!


魅力覚醒講座に入る前〜年収20万のパート〜

“イライラするのは家にいるからだ”と思い
気分転換に外へ働きに出ようとパートへも行きました。

3番目の子は9ヶ月のときから保育園です。


仕事は幼稚園のパート業務。
初めてでしたが楽しくやることができました。
(短大でとった幼稚園教諭の免許が役に立ってうれしかった♡)


しかし、順番に体調を崩す子ども達。
週3日のシフトなのに、月2回しか出勤できなかったことも何度もあります。


いくら職場が良い人たちでも
お休みをもらうための電話をするのは毎回緊張しましたし、
“またか…”とか“使えないな…”とか思われたら嫌だな、と感じていました。

だから子ども達の健康管理に熱が入り
「明日の仕事休みたくないから絶対風邪ひかないで!」と余計に怒る要因になってしまいました。

喘息持ちなので
欠席や遅刻・早退が小さい頃から多かったです。




働くことで子育てのイライラが減ることには繋がりませんでしたし
どう頑張っても年収は20万が限界で、心身をすり減らすだけでした。


旦那の協力ゼロのワンオペ3人育児でのパートは本当に過酷で
最初から無理ゲーでした!


社会経験がない恥ずかしいわたしを隠したいがために頑張っていただけ。


子ども一人につき2000万円の教育費が必要と言われてるのに
こんなんでわたし働けるのか?お金が稼げるのか?
そういった悩みもどんどん追い打ちをかけて、焦りと劣等感だけ増していきました。




そもそもわたしは家事が苦手で
お料理は美味しくないと家族から定評ですし、
洗濯物を干すとか畳むとか、掃除や片付けなんかは合理的じゃなくて大嫌いなんです!!


食べるたびに食器を洗ってしまうとか
洗濯物を干す畳むとか
すぐ散らかるのに掃除するとか
“またすぐ使うのにやる意味ある?”と思っているのです。
だけど、これがわたしのやるべきことだからと頑張っていました。

ご飯一回で5人分一気にこの量が出ます


みんなはソファーでテレビ観たり、ゲームしたりくつろいでるのに
わたし一人で後片付けをする。。。

その虚しさ!!理不尽すぎる!!!!
なんでわたしがやんなきゃいけないんだーーー!!!!


そのどうしようもない不満と怒りを表現するかの如く
フライパンとか投げて雑に扱って音を出して洗ってみたり、
「なんで茶碗を水に浸けておかないの」
「宿題やったの?」
「布団干すぐらいしてよ!」
「ゴミ出してきてよ!気が利かないな!」など不満ばかり口に出す。

だけど、わたしにはこれぐらいしかできないよな。とも自分に言い聞かせるのです。


わたしの人生こんなもんか。。。
いつから間違ったんだろ。。。



わたしは自己中でワガママで何も続かない。
ずっと頑張れない。すぐ飽きる。すぐダラける。
やりたいことしかしないで何も頑張らなかった。

学校のテストや受験の勉強もしなかった。
就職も3週間で辞めてしまった。
将来やりたいことも真剣に考えなかった。


こんなわたしだからいけないんだ。

だからこんな人生なんだよね、妥当だよな。

今苦しいのは自業自得。

仕方ない!!

いつか子育てや生活がラクになることをただ願うだけで
つまらない毎日が淡々と終わってく日々でした。





魅力覚醒講座に入る前〜旦那と不仲〜


旦那は仕事が忙しいため不在が多かったです。

2番めの子の入園式
旦那は来ません。ここでも一人です。
「子育ては母親の役目」とかガチガチに自分を律して頑張っていました。




旦那は一生懸命に仕事をがんばってくれるから
わたしも大丈夫!子育てと家事を一人でできる!がんばろう!と。


しかし、心のどこかでは

なんで助けてくれないの?
なんてうちの旦那は酷いの!!!



いつからか旦那への憎しみがどんどん膨らんでいきました。


「仕事を頑張ってくれる旦那」から「仕事しかしない旦那」へと変わり
イライラばかりのわたしに嫌気がさしたのか話すと刺々しく顔も合わせることもなくなりました。
お互いにストレスと不満を抱え、離婚したいと願います

2022年11月
この1ヶ月後に離婚しようと決意します。



子どもへは「ダメな母親でごめん」と懺悔の涙を流しては また同じことを繰り返す。
大好きだったはずの旦那へも気を遣って一緒にいることへ窮屈さしか感じず
この抜け出せない負のループを延々とグルグル回ることしかできませんでした。


化粧も服も何もする気力なく見た目もズタボロでした。
無気力でした。

あーーーつまんなっ。



小田桐あさぎさんとの出会い『欲望全開手帳』・『3日間無料セミナー』


そんな時、
小田桐あさぎさんの『欲望を全て叶える方法』という
3日間の無料セミナーがあることを知ります。

小田桐あさぎさんが考案した『欲望全開手帳』をたまたま見つけ、
すぐさま購入したことがきっかけで、案内がきたのです。



本当にたまたまだったのです。

子どもを寝かしつけしながらInstagramをフラフラ徘徊していたら
【億稼ぐ女性起業家】としてキラキラ楽しく談話するあさぎさんが目に留まったのです。


地球上で生きている同じ人間なのに、
こんなにも自由に楽しそうに生きている人がいるのかと衝撃が走りました。



初めて見つけたあさぎさんの手帳を買うまで、秒で体が動いたことが不思議でなりませんが
今の自分から抜け出したい!!との思いがそうさせたに違いありません。

すぐに欲望全開手帳を購入します。



手帳についてくる特典で、
あさぎさんの手帳講座を毎月2回受けました。

あんなに毎日不満ばかりで希望がないわたしにも【欲】があることに気付かされ、
あさぎさん流の新しい考え方や改善策が面白くてどんどんあさぎさんの話にこめりこんでいきました。



あさぎさんの3日間無料セミナーも画面に釘付けで観ました。

>>>『欲望を全て叶える方法』を無料で大公開!


『お皿洗いしてても人生変わらない』
『あなたの理想が叶わないのは自分の本音と価値に気付かずに周囲に遠慮してるから』
『自分は本当はどう生きたいか』
『自分のしょうもないところを認めてあげる』


あさぎさんの言葉がズドンズドンとわたしの心を刺します。


子育ても、家事も、仕事も、旦那ともうまくいかないわたしに
「全部いいんだよ」と言ってくれる。

何も頑張れてこれないわたしに
「自分が1%の光だよ」と。

こんなわたしに魅力があると言ってる!!!!
なんなんだこの人はーーー😭😭😭!!!!!!!!


もう涙であさぎさんの顔が見れないほど、泣いて、泣いて、泣いて、
大歓喜と大感動で胸がいっぱいでした。

“あさぎさんの講座に入りたい”と心が渇望の震えを感じたのを今でも覚えています。


魅力覚醒講座へ入ることを決意します。





魅力覚醒講座の内容ついて詳しく書いたのでよければ見てください♡



あさぎさんの講座は、
「ちゃんとしなきゃ」や「○○べきである」などの思い込みを手放して
自分がもっていた欲望や夢を叶えていこう!
自分が幸せとなり、周りの人をも幸せにする生き方をしていこう!


というものです。



良いお母さんでいなくては!
家事はお母さんがするべきもの!
きちんと宿題をやらせるのが親の務め!
遊ぶことよりも将来のためにやるべきことをやらせなくては!

そんな凝り固まった
「ちゃんとしなければ」や「ねばならない」という思い込みをもっていることに気がつきました。


だから
⚫︎子どもの言動24時間体制の監視役
⚫︎習い事の鬼教官
⚫︎兄弟喧嘩の善悪を決めつける裁判長
⚫︎ゲームは悪!と押さえ込む
⚫︎先回りの助言でコントロール支配
⚫︎怒鳴り散らして恐怖で押し付け
⚫︎遊びよりも勉強をすべき

こんな怖いお母さんが出来上がったのです。

すべてわたしが「やらなくてはいけないもの」と決めつけて
子どもをコントロールして無理矢理にやらせていたことでした。



あさぎさんの言葉通りに
嫌なことをやめる。余白をつくる。自分を満たすアウトプットする。


このことを実践していったおかげで
だんだんと日常が変化していきました。



⭕️ご飯後の後片付をするよりも子供と一緒にソファーでダラダラとテレビを観てのんびり。
一緒に笑う時間が増えました。

⭕️習い事は子ども本人が決めてOKにしたのでほぼ全部辞めました。
おかげで教育費が年間60万浮きました。

⭕️学校へ行く行かない、宿題をやるやらない、本人が決める。
どう思ってるのか、どうしたいか聞くようになり子どもの気持ちを尊重できるようになりました。

⭕️兄妹喧嘩がはじまっても介入しないようにしました。
声がうるさいならわたしが違う部屋に移動して心も快適です。

⭕️ゲームやYouTubeも時間は制限なくOKにし、
寝る時間だけみんなで話し合って決めるようにしたら、わたしの一人時間も増えました。

⭕️子どものやりたいを尊重できるようになったので
学校であったことや今の悩み、悲しかったことなどを話してくれるようになりました。

⭕️子どもを連れて居酒屋へいって一緒にのんびり過ごすことで
常連さんに可愛がってもらったり、サービスしてもらったりして喜んでいます。

⭕️子どものやりたいを尊重できるようになると
子どもへのイライラも格段に減り、叩くこともなくなりました。


子育て講座を受けてもイライラが止まらなかったのに
マインドを整えたらイライラが減ったのです!!!


一番大事なのは自分を満たすこと!

これでした!!

子どもと落ち着いて話ができるようになったので
子どもが学校へ行きたくないという理由を話してくれるようになり、
たまに平日映画に行ったり、美味しいランチを子どもとしたりしています。


子どもの気持ちを無視して無理矢理行かせることの方がよっぽど毒です。
こんなふうに気持ちも学校や勉強に対しての捉え方も変わりました。 



今では、子ども達にも笑顔が増え、一緒にいろいろなことを体験することも多くなりました。

多感な時期に入ってきた小学6年の長男は手を繋いでくれたり、
“子どもの顔を見たくない”と思っていた時期がなかったかのように笑顔と会話の多い時間を過ごしています。


なにより一番は、
子どもが辛い気持ちや悩んでることを話してくれるようになったことが嬉しいです。

いつも怒っていた昔ならきっと話してくれなかったことです。


早く寝ることや、栄養を考えた食事を作ること、勉強をさせることよりも
心の拠り所として頼ってくれるお母さんになることが最高なお母さんだと感じさせてくれました。


わたしを頼ってくれたこと、
子どものSOSの時、心のうちをわたしに話してくれることが母親として最大の喜びだったのです。



わたしをお母さんとしていさせていくる子ども達に心から感謝しています。



魅力覚醒講座を受けての変化【旦那との仲】

仕事しかしない旦那。
わたしの味方をしてくれない旦那。
家事も子育ても全部わたしに押しつける。
わたしは一人で頑張れるから旦那はいなくていい。

わたしはそうやって旦那と関わろうとしてきませんでした。



あさぎさんや仲間達からも
『ルービーは愛されてるよ!ルービーが敵認定してるんだよ』と言われても
まったく意味がわかりませんでした。

現に、目の前で不機嫌そうな顔でこちらを見てくる旦那がいるのですから
愛されてる?!そんなことは無い!と思っていました。



それでも、少しずつ旦那と話す機会をつくろうと毎週土曜は『夫婦の時間』として二人で出かけ
価値観や欲、お互いの思いを話す時間にしました。

話すことで状況が悪化したり、冷たい態度に変わってしまったり、
言い争いになって気まずい空気になったり、なかなか解決できないこともありました。
前よりも旦那がムカつく〜!と思うこともありました。



しかし次第に変わっていきまいした。
それは突然に。



あれ?わたし旦那のこと、“きっとこうでしょ?”と決めつけてると気付いたのです。

「きっとダメと言われる」
「仕事だから無理と言われそう」
「責められるの嫌だから言わないでおこう」
「やっぱりわたしの味方してくれない」
「言い返された面倒臭いな」

これらは全部、わたしがそうなってほしくて作り上げた旦那像でした。

旦那を『わたしの敵』として見ていたのです。
「今までダメなわたしだったけど旦那は幸せにしよう」とあの日誓って自分を縛り、
わたしが勝手に良い妻ぶって、良い母親ぶって、勝手に我慢して、勝手に決めつけて、旦那を嫌いになってただけ。
旦那の思いや価値観の聞き合いを避けて、旦那との距離を離していったのはわたしでした。

旦那は昔も今もわたしを本当に大事に大切に愛してくれていたのです。


まさに講座内であさぎさんが言っていた通りでした。


すべて自分で決めている!!人生は思い通りに叶ってる!!!
このことを強く強く実感できた瞬間でした。



・子どもを怒るわたしを見たくなくて別室にこもる。
・「ママを怒らせないようにしろ」と子どもに怒るのもわたしを思ってのこと。
・お金があればわたしがラクになるから、だから出世してお金を稼ごうと頑張ってくれた。
・パートに行くことを協力してくれなかったのも、わたしに働くことで大変な思いをしてほしくないから。
・家事に手を出すともっと怒るのではと思って手伝うことができなかった。

全ての言動に愛があったことを、雷に撃たれたかのように感じるのでした。



どんなことがあっても味方してもらえる心強いパートナーがいることを
結婚15年目で改めて感じることができました。
ますますこれからの人生を共に歩める歓びです。


旦那を選んで良かった♡子ども達3人のお母さんで良かった♡

心からそう思える今がとても幸せです。





魅力覚醒講座を受けての変化【友人関係】


わたしは友達に恵まれていて、
これまでたくさんの友達に助けられ、楽しい思い出もたくさん作ってきました。

友達、人との出会いは本当に財産です。

しかし実際は、
“これを言ったら変な空気になるかな”とか“この話題はAさん嫌がるかな”とか
実はけっこう気を使ったりしていました。
また、相手の一言で傷ついたり、不快に感じたりすることもあります。




しかし、アサギスト環境での人との付き合い方はこれまでとは大きく違っていました。

(魅力覚醒講座で学んだ講座生を総称して「アサギスト」と呼びます。)


あさぎさんの『全部大丈夫だよ』『あなたの感情は常に正しい』との思想のもとに
アサギストみんなも同じ思いで関わってくれるので否定されることもなく、正解も不正解もない。
全員がそれぞれ感じること全部がいいんだよ!という環境です。



嫌われないように生きるのではなく人を世界を信頼して生きる
それが自分らしく生きることに繋がるとあさぎさんは教えてくれています。

人を信頼して自分の思いを伝えられるようになっていくことにより
自分が思っていた以上に世界は優しいということを知り、
どう思われるかと考えずに本音で話しをしていけるようになりました。




みんなでランチしたり、遊びに行ったりもします。

ママ友と可もなく不可もなく、当たり障りのない会話だったり、
話題のドラマやゴシップネタで盛り上がるのとは違う

これからの人生や、自分の思いの深掘り、新しい価値観など壮大な話ができるのです!!!
これが最高に楽しいです!!!!!


アサギストとのランチや遊びへ毎週行くようになり
どんどんわたしの人間力も高まっていっていました。



“これを言ったら嫌われちゃうかな”とか
“これを言うと相手が傷ついてしまうかな”とか考えずに
自分のありのままの気持ちを伝えることが、相手に喜ばれることだと知れたこと
この魅力覚醒講座に入って体感して本当に良かったと思います。


信頼できるアサギストの仲間がたくさんできたこと、
これは財産です!自信をもって言えます!!



自分のやりたいことが見つかったり、自分の魅力を引き出してもらえたりしたのも
グループの仲間に夢や思いを話していったことで生まれました。


「ルービーってビール好きなんだね。いつも美味しそうに飲んでるね♡」
と、同じグループの子から言われたことで

“そういえば、わたし、ビール好きだったわ!!”と、思い出すことができました。


わたしは自分のことが嫌いすぎ、ダメ認定しすぎていて
自分が何が好きで、何が得意とか、なにもわかっていなかったのです。

毎日飲んでて、名前もビールにちなんだ名前にしといて滑稽な話ですがwwww
本当に自分のことってわからないものなんです。


ビールを飲む投稿をInstagramで毎日投稿するようになり
“ビールを飲む時のグラスをこだわってみたい”と、どんどん欲が出てきました。

そしてついには
オリジナルのビールグラスを制作販売することになりました。


【ルービーのビールグラス】

小田桐あさぎさんの3冊目書籍『女子とお金のリアル』
出版記念 名古屋講演会にて出店ブースで販売しました♡


自分で作ったグラスはめっちゃくちゃお気に入りです!
毎日愛用しています。

制作・販売に際して応援してくれた仲間の存在は欠かすことができません。

また、
たくさんの方に購入していただき使っていただけることとなり
「持ちやすいね」、「絵が可愛い」、「あさぎさんの言葉のチョイスがいいね」など
温かな言葉をいただいたり、喜んでもらえ、たくさん使ってもらえ、心の底から嬉しかったです☺️

オンライン飲み会を開催しました♡



自分がやりたいと思えることで、目の前の人が喜んでくれたこと、
一人では続かず、仲間の助けや存在が必要不可欠なこと、
やってみて感じられたことがわたしの財産になりました。

グラス販売だけで生計はたてられませんが、
一生続けたいと思わない、誰でもできる単調なパートを続けることよりも
『自分のやってみたい』を叶える歓びを感じていきたい!!
そんな思いからパートを辞めました。

ビールグラス販売をしながらも、これからもやりたいことをやってみる!
それをフットワーク軽く実行していきたいです。



わたしは、美味しいものを食べ、大好きなビールを飲み、
自分とは違った価値観を知ったり、新しい知識や考え方を知ることが好き!!
人も大好きで賑やかにワチャワチャするのも好きですが
一人でポーっとしたり、漫画や本を読んだりも大好き!!!

これからも自分の思う通りに楽しく生きいくことがわたしの使命♡



今は、イベントの企画運営をやってみたいです。
また、絵画教室にも行きたいと思っています。


これからも自分の欲望を叶えながら楽しくわたしらしく生きていきていく
そんな未来を想像しながらワクワクを感じるこの瞬間がとても幸せです!!!!

ワックワク😍😍


結婚して子育てが始まって14年。
この14年間はずっと子どもと旦那が一番でした。


子どもの習い事によってご飯を作る時間を調整したり、
外食は子どもか旦那の意見で決まりますし、
子供の分のラーメンを取り分け、餃子のタレを皿に入れたりして、少し伸びたラーメンをすする。
旦那が休みな土日に家族で出かける計画をたてる。など

これが当たり前だと思っていました。



でも、この魅力覚醒講座で
『本当にわたしがやりたいことは?』
『今何を感じる?』
という、自分の気持ちを感じ、尊重するようになっていくことで
どんどん自分というものがわかっていきました。


自分の『やりたい』を叶えてあげることがめちゃめちゃ大事でした。

『あさぎさんに会いたい』も自分で叶えてあげました。

実物のあさぎさんに会うと
講座声の話を真剣に聞いてくれますし、ちょーー気さくで面白い!!
悩みの本質も瞬時に見抜いてアドバイスをくれました。

魅力全開で生きる女性のかっこよさを肌で感じた貴重な体験でした。




さらに講座のとおり進めていくと
本来もってる自分の魅力も浮き彫りになりました。



ずっと隠していました。


ワガママ、感情の起伏が激しい、飽きっぽい、人の好き嫌いが激しい
気持ちがブレブレ、0か100かの両極端思考、片付けできない、面倒臭がり
すぐダルがる、コントロールしたがる、思い通りにしたい、

人が好きなくせに一人になりたがる、毎日ビール飲む、家事したくない!
高校中退した!働きたくなくて大学2つ行った!就職して3週間で辞めた!



恥ずかしくて、劣等感で、罪悪感で、人からどう見られるか怖くて、ずっとバレちゃいけないと思っていたのです。

こんなダメなわたしじゃ嫌われる。バカにされる。
それが怖かった。恥ずかしかった。



でも、これは全部わたしで「ルービーの唯一無二の魅力だよ」とあさぎさんが教えてくれました。


わたしはやりたいことしかできない!
知りたい!集中したい!自分が納得したい!
それが叶わないと学校辞めちゃう。やる気なくて行かなくなっちゃう。
そんなどうしようもない人間なんです!!!


やりたいことしかやってこなかったのに
他の誰か(良いお母さん)になろうとするから辛かったのです。

だから毎日不満ばかりで、イライラして、つまらなかったのです。


わたしは、こんなしょうもない自分のままで生きることを決めました。

こんなしょうもなさすぎな魅力溢れるわたしを生きないのは勿体無い!!
社会のちょーーーーー損失です!!wwww




もともと、やりたいことしかできない人間なのだから、もう隠しませんww
ありのままのわたしでやりたいことをやって思い通りの楽しいだけの人生を生きます♡





さいごに



新たな悩みや、ぶつかる壁もありますが、
わたしはこれからも変わっていける!変化していける!楽しい人生になるのが決定しています!


そして、もっともっと自分のやりたいこと、楽しいことを叶えていく!

❤️❤️人を信頼できるようになった❤️❤️
❤️❤️今の自分がこのままで魅力的❤️❤️

このことを身をもって体感させてもえたからです。



あの時、たった一人、怖いながらも
魅力覚醒講座の購入ボタンを押したあの時のわたし!!

マジでナイス行動!!!





わたしはあさぎさんと出会って人生が楽しく刺激あるものと変わりました。
一年前よりちょーー幸せです😍😍



ただいま魅力覚醒講座などの質問大募集です♡


もし魅力覚醒講座の疑問や不安な思いなどがあったら
話しを聞かせてほしいと思っています。


わたし自身、誰にも相談せずに魅力覚醒講座に入ったため
入る前にいろいろ聞けたら有り難かったなぁーと感じましたし、
入ってからも頼れるOGがいると嬉しいなぁーと感じたからです。


講座のことだけでなく、ビールのことや雑談などもOKです♡ww
(もちろん!お酒飲みながらも大大大歓迎です😍)


子育てや旦那さんのことで悩んでいる方や
言葉にできないモヤモヤした気持ちがある方もぜひ!!

わたしもこのブログでたくさん吐きました!!www
吐き出すことで、何に悩んでいるのかとか見つかるので
だからぜひたくさん吐いてください♡🪣



LINEから連絡をいただけると嬉しいです。
zoomで直接お話しするのもOK。←顔出し無しでも大丈夫ですよ♪

友だち追加

話を聞くのが大好きなので、いろいろ聞かせてくださいね♡🍺

これからぜひ仲良くしてくださいー♡♡





最後まで読んでくださりありがとうございました。

この記事を読んで
あなたの人生に一つの光となっていただけたら幸いです。

ビール大好き🍺♡♡ルービーより








わたしを見つけて最後まで読んでくださり本当に本当にありがとうございました!!


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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (9件)

    • たけしー♡ありがとう!!!!
      しかもコメント初めていただきまして、めっちゃ光栄です

  • ルービー、今の姿から講座受ける前のルービーが想像つかない!講座のおかげで自分のことを好きになれて素敵な女性になったんだね。
    おめでとう㊗️

    • さわちゃん♡ありがとう!!!
      びっくりでしょ?!わたしなんて本当にクズだ、、、と思って
      劣等感しかなかったんだよー!!

  • […] 魅力覚醒って、魅力を覚醒させるってことですよね、、、怪しさ満点なワードだと最初わたしも感じていましたwwwしかし、実際に受講してみて今思うことは、やっぱり『魅力覚醒』なんですよね。受講前と受講後のわたしについては他のブログで書いてあるので、ぜひ見ていただけたらわかるのですが、、、https://yuyusemischool.com/asagi-beforeafter/わたしの思う魅力覚醒とは、【100%の自分で生きる】なのではないかと思っています。相手に気を遣ったり、自分の意見を言うことを躊躇したり、人の言動に振り回されて悲しんだり、心配したり、、、そういう人間関係から脱却することそして、今のままの自分を愛すことこれが自分を生きると言うことであり、魅力を覚醒させた姿なのではと思うのです。なので『魅力覚醒』という講座名がやはり一番しっくりくると感じています。 […]

  • […] 2023年2月から5ヶ月間魅力覚醒講座18期を受講していました。魅力覚醒講座で感じたことや講座を受ける前と受けた後のビフォアーアフターを記事を書いてるので併せて読んでいただけたらうれしいです。>>> 【魅力覚醒講座】劣等感だらけの専業主婦が自分のことを好きになれた話 […]

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